約9000年前に作られた町、ヨルダンの首都アンマンはこんな町でした

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今回の記事はペトラ遺跡から移動して、ヨルダンの首都アンマンとアンマン近郊を紹介したいと思います

アンマンの歴史は古く約9000年前に作られたとされています

アンマンの人口が急激に増えたのは1948年から1967年にかけての中東戦争でイスラエルに追われたパレスチナ人が大量に流入したのがきっかけだそうです

今でもパレスチナ人の難民キャンプがアンマン近郊にもいくつかあります

その後、1980年にはレバノンの内戦からの避難民が、1990年からの湾岸戦争、2003年からのイラク戦争では大量にイラクが人が避難してきたそうです

アンマンは治安がいいそうで、いわゆるシェルター役になっているそうです

確かに歩いていても治安がよさそうな気がしました

アンマンの見所は少ないかもしれませんが、何日も滞在できそうな雰囲気がありました

自分はすでにレバノン行きのチケットを持っていたので2、3日しか滞在しませんでしたが、、1週間ぐらいは滞在できましたね

アンマンはブラブラ歩いただけなんですけど、唯一観光をしたところは・・・

アブー・ダルウィッシュ・モスクです

モスクには嫌気がさしていたんですけど、この白黒な感じが、かわいらしくて見に行ってきました

なんかお菓子みたいですよね

昔、こういうアイスを食べた記憶があるような、ないような・・・・

近くで遊んでた子供達

ジャイアンですね

遊んでいるのはジャイアンだけで、やられてるほうは・・・

『ジャイアン、もう勘弁して~』

と言った感じでした

ここからアンマン近郊の小さな町

相変わらず人物ばかり撮ってます

街並の写真は全くないです

ちょっとズボンをあげすぎた子供

ジュースを奢ってくれた少年達

ミニペトラ遺跡と呼ばれているジェラシュ遺跡

アンマンの約45km離れており、バスで約50分程でした

写真は以上です

首都は苦手な事が多いんですが、アンマンはなんというか下町感が残っているというか、歩いているだけで楽しめました

人も親切で、色々助けてもらいました

今回でヨルダン編は終わりなんですけど、もう少しゆっくりヨルダンを周ってもよかったかなと思いました

ヨルダンはビザも無く、簡単に来れるのでシリアが安全に旅が出来るようになったらまた来たいなと思います

次回から72カ国目の『レバノン』編です

ではでは・・・

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