イスラエルの歴史と嘆きの壁

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イスラエルのエルサレムに来ております

今回はイスラエルの歴史について簡単ですが、書いて行こうかなと思います

イスラエルという国はユダヤ教を信じているユダヤ人達が、第二次世界大戦の後の1948年に作りました

それまでは、このあたりは『パレスチナ』と呼ばれアラブ人が住んでいたそうです

イスラエルを作ったユダヤ人は、今から約2500年以上前にこの辺りに住んでいたが国が滅びてから世界各地に広がってしまいます

ユダヤ人はヨーロッパなどでいじめられ、特に第二次世界大戦中にはドイツで600万人のユダヤ人が殺されました(この事件はかなり有名ですね)

このため、ユダヤ人達は自分達の国を考えます

しかし、イスラエルという国を作る場所にはアラブ人達が住んでいた為、1947年に国連はパレスチナをユダヤ人が住む地域とアラブ人が住む場所に分ける事を決める

ところが、イスラエルという国ができたことに、周囲のアラブ人の国が起こり、イスラエルに攻め込んで戦争になる

これが中東戦争と呼ばれるもので、4回もの戦争で、国連がアラブ人の住む場所と決めていた地域をイスラエルが占領しています

この占領した地域が『ガザ地区』と『ヨルダン地区』

この結果、パレスチナに住んでいた人達が、自分の達の土地を取り戻そうとイスラエルに対抗して戦いを始める

イスラエルとパレスチナの人達の争いは長い間続き、多くの人が犠牲になったが、1993年にイスラエルが占領していた場所からイスラエル軍が引き揚げて、パレスチナ人の人達が、自分たち=自分達で政治をやっていけるようにしようと約束をした

この結果、イスラエル軍はガサ地区から引き揚げる

ヨルダン川西岸からも、少しずつ引き揚げてパレスチナ人に任せる事になっていたが、イスラエル軍の引き揚げが予定通りに進んでいない

また、これに反発したパレスチナ人の人達の中には、ユダヤ人を襲って殺したりするテロが相次ぎ、これにイスラエル側が反発するという繰り返しが続いている

(これがイスラエルは怖い!というイメージになるのかも)

本当に簡単ですが、まとめてみました

今回、紹介するのはユダヤ人の心の故郷と呼ばれている、
『嘆きの壁』を紹介したいと思います

この壁の向こうにはエルサレムを象徴する黄金の屋根の『岩のドーム』があります

イスラム教の聖地になっているんですが、昔はその場所にユダヤ教の神殿が建っていたのですが、ローマのティトス将軍に破壊されたそうです

その時に部分的に残ったのが神殿を囲む西側の外壁なんですが、この壁の事を『嘆きの壁』と呼んでいるそうです

神殿の崩壊後、ユダヤ人達は年に一度だけ来訪する事を許されたそうです

1948年からヨルダンの管理下になり、ユダヤ人達はこの壁に近づく事もできなくなりました

しかし、1967年6月7日の6日戦争後は自由に祈る事ができるようになったそうです

男性がおしゃれなんですよね、ユダヤ人って

建物の中

ユダヤ人にしてみれば、この場所に観光客が来るのも嫌でしょうね

祈っているユダヤ人よりも観光客の方が多いですから

嘆きの壁はなんとも独特のオーラがありました

日本からイスラエルのツアーでも、この場所は必ず入っているので、訪れた事がある人も多勢いると思いますが、どういう気持ちになるんでしょうね?

各自違うと思うんで個人的な意見はあえて書きません

ぜひイスラエルに訪れた時はこの場所を訪れてみて下さいね

次回の記事はキリスト誕生の地、ベツへレムを紹介したいと思います

ではでは・・・

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